Prof. Takao INUKAI: World religious trends in the 21st century: Can we attain international integration through secular ethics?

世界諸宗教のゆくえ〜「世俗の倫理」の可能性
(World religious trends in the 21st century: Can we attain international integration through secular ethics?)

麗澤大学, 犬飼孝夫
Prof. Takao INUKAI, Reitaku University
Email: tinukai@reitaku-u.ac.jp


Abstract
In this presentation, I would like to demonstrate world religious trends in this twenty-first century by analyzing the reports compiled by the Pew Research Center in 2012 and 2015. According to these reports, the population of Muslims will increase dramatically and the percentage of Muslim global population and that of Christians will be equal, estimated to be 32.3 percent in 2070. The percentage of Muslim global population is expected to go on rising until 2100. It seems that during this century the world will be further divided by these two major religions. I am sure many people are anxious about possible conflicts breaking out between these two religions of monotheism and among other faiths. I would like to offer some possible solutions toward integrating international society by promoting a new concept called ‘Secular Ethics’ which is proposed and promoted by His Holiness the Dalai Lama, Tenzin Gyatso.
Keywords: religion, trends, Muslims, Christians, secular ethics, Dalai Lama

はじめに
小論では、米国ワシントンDCに拠点をおく民間調査研究機関であるピュー・リサーチ・センター(Pew Research Center)が2012年に公表した「世界宗教情勢」(The Global Religious Landscape)、および、2015年に公表した「世界の諸宗教の未来:2010年から2050年までの人口増加予測」(The Future of World Religions: Population Growth Projections, 2010-2050)をもとに、世界の宗教状況と今後のゆくえについて概観する。そのうえで、ダライ・ラマ14世が提唱している「世俗の倫理」(Secular Ethics)という新たな概念を手がかりに、人類社会が宗教の違いを越えて平和共存するための方策と、日本とベトナムに課されている課題について論じたい。

1. 世界諸宗教の状況
まず、ピュー・リサーチ・センターが2012年に公表した「世界宗教情勢」をもとに、世界の諸宗教をめぐる状況について見てみよう。

(1)概要
ピュー・リサーチ・センターが2,500以上の全国的な国勢調査、大規模調査、公的な人口登録などのデータを集めて国ごとに分析した結果によれば、2010年現在、世界人口69億人中の84%に相当する58億人の成人と子供が、何らかの宗教組織に属している。
2010年現在、世界のキリスト教徒は22億人(世界人口の32%)、イスラム教徒は16億人(世界人口の23%)、ヒンドゥー教徒は10億人(世界人口の15%)、仏教徒は約5億人(世界人口の7%)、ユダヤ教徒は1,400万人(世界人口の0.2%)である。
さらに、約4億人(世界人口の6%)が、さまざまな民俗・伝統宗教(アフリカの伝統宗教、中国の民俗宗教、米国先住民の宗教、オーストラリア先住民の宗教など)を信仰している。約5,800万人(世界人口の1%以下)が、バハーイー教、ジャイナ教、シク教、神道、道教、天理教、ウィッカ、ゾロアスター教などをはじめとする多くの宗教(「その他の宗教」)に属している。
一方、世界人口の16%に相当する11億人は、特定の宗教組織に属していない。ここには無神論者(atheists)および不可知論者(agnostics)も含まれる。こうした特定の宗教組織に属さない人々(the unaffiliated)を、小論では「宗教的無所属者」と表記することにしたい。この宗教的無所属者を一つの集団とみなすと、キリスト教徒、イスラム教徒についで三番目に大きな集団となる。それはカトリック教徒とほぼ同じ数である。

宗教 人数 世界人口に
占める割合
キリスト教徒 22億人 31.5%
イスラム教徒 16億人 23.2%
ヒンドゥー教徒 10億人 15.0%
仏教徒 5億人 7.1%
ユダヤ教徒 1,400万人 0.2%
民俗・伝統宗教 4億人 5.9%
その他の宗教 5,800万人 0.8%
宗教的無所属者 11億人 16.3%
表1 諸宗教の信者数と世界人口に占める割合(2010年)(Pew Research Center, 2012をもとに作成)

(2)ヒンドゥー教、仏教、民俗・伝統宗教、イスラム教
2010年現在、世界人口69億人中の58.8%はアジア太平洋地域で暮らしている。したがって、いくつかの宗教集団もまたアジア太平洋地域に集中している。ヒンドゥー教徒の99.3%、仏教徒の98.7%、民俗・伝統宗教の信者の90.1%がアジア太平洋地域で暮らしている。
世界のヒンドゥー教徒の94.3%はインド在住であり、2.3%はネパールに、1.3%はバングラデッシュで暮らしている。インドでは総人口の79.5%に相当する9億7,375万人が、ネパールでは総人口の80.7%に相当する2,417万人がヒンドゥー教徒である。
世界の仏教徒の50.1%は中国に、13.2%がタイに、9.4%が日本で暮らしている。ちなみに、この調査によれば、2010年現在、日本では人口の36.2%に相当する4,582万人が仏教徒であり、ベトナムでは人口の16.4%に相当する1,438万人が仏教徒である。2010年現在、ベトナムは中国、タイ、日本、ミャンマー、スリランカに続く世界第6位の仏教国なのである。
世界の民俗・伝統宗教の信者約4億人のうち、72.6%は中国に、9.8%がベトナムに、2.5%が台湾に、1.4%がインドで暮らしている。この調査によれば、ベトナム総人口の45.3%に相当する3,975万人がベトナムの民俗・伝統宗教を信仰している。ベトナムは中国に継いで世界第2位の民俗・伝統宗教国といえよう。
このように、世界のヒンドゥー教徒、仏教徒、民俗・伝統宗教の信者のほとんどがアジア太平洋地域に在住している。一方、2010年現在、世界のイスラム教徒の61.7%に相当する9億8,600万人もまたアジア太平洋地域で暮らしている。中東・北アフリカ地域で暮らすイスラム教徒は、世界のイスラム教徒の19.8%に相当する3億1,700万人、サハラ砂漠以南地域で暮らすイスラム教徒は世界のイスラム教徒の15.5%に相当する2億4,800万人である。
多くの日本人は、イスラム教について「中東地域の宗教」というイメージを持っているように思われる。実際に中東・北アフリカ地域の3億1,700万人のイスラム教徒は、この地域の総人口の93%を占めている。しかしながら、世界のイスラム教徒の半数以上はアジア太平洋地域で暮らしているのである。世界のイスラム教徒の13.1%に相当する2億900万人がインドネシアに、世界のイスラム教徒の11.0%に相当する1億7,600万人がインドに、世界のイスラム教徒の10.5%に相当する1億6,700万人がパキスタンに、世界のイスラム教徒の8.4%に相当する1億3,400万人がバングラデシュに在住しているのである。われわれ日本人は、イスラム教は「アジア太平洋地域の宗教の一つ」というように認識を改める必要があろう。

(3)キリスト教とユダヤ教
ピュー・リサーチ・センターが2012年に公表した「世界宗教情勢」のデータによれば、2010年現在、世界人口の31.5%に相当する22億人がキリスト教徒である。その50%がカトリック教徒であり、37%がプロテスタントの信者、12%がギリシャおよびロシア正教徒である。
これらのキリスト教徒は、他の主要宗教と比べて世界各地に平均的に分布している。キリスト教徒の25.7%がヨーロッパに、24.4%が南米・カリブ海地域に、23.8%がサハラ砂漠以南地域で暮らしている。キリスト教徒はこれらの3地域にほぼ均等して分布しているといえよう。北米には12.3%、アジア太平洋地域には13.2%というように、これらの2地域においても、ほぼ均等して分布している。
2010年現在、世界のキリスト教徒の11.2%に相当する2億4,300万人がアメリカ合衆国に、世界のキリスト教徒の8%に相当する1億7,300万人がブラジルに、世界のキリスト教徒の5%に相当する1億700万人がメキシコに在住している。続いて、ロシアには世界のキリスト教徒の4.8%に相当する1億400万人が、フィリピンには世界のキリスト教徒の4%に相当する8,600万人が、ナイジェリアには世界のキリスト教徒の3.6%に相当する7,800万人が暮らしている。フィリピンはアジア太平洋地域における最大のキリスト教国であり、フィリピンのキリスト教徒8,600万人は、フィリピン総人口の92.6%にのぼる。
世界人口の0.2%に相当する1,400万人のユダヤ教徒は、北米と中東・北アフリカ地域の2つの地域に集中している。ユダヤ教徒の43.6%が北米に、ユダヤ教徒の40.6%が中東・北アフリカ地域に、ユダヤ教徒の10.2%がヨーロッパで暮らしている。具体的には、ユダヤ教徒の41.1%がアメリカ合衆国に、40.5%がイスラエルに、2.5%がカナダに、2.3%がフランスに、2.0%がイギリスに在住している。

(4)アジア太平洋地域の重要性
2010年現在、世界人口69億人の58.8%の人口を有するアジア太平洋地域には、これまで見てきたように、世界諸宗教の信者も多く在住している。世界のヒンドゥー教徒の99.3%、仏教徒の98.7%、民俗・伝統宗教の信者の90.1%、イスラム教徒の61.7%を有するアジア太平洋地域は、世界の宗教状況を考える上で極めて重要な地域といえよう。
一方でまた、アジア太平洋地域には特定の宗教組織に属さない「宗教的無所属者」も多い。2010年現在、世界人口の16%に相当する11億人が宗教的無所属者であるが、そこには無神論者や不可知論者も含まれている。このような宗教的無所属者の76.2%に相当する8億5,858万人がアジア太平洋地域に在住しているのである。世界の宗教的無所属者の12%に相当する1億3,400万人はヨーロッパに、世界の宗教的無所属者の5.2%に相当する5,900万人が北米に在住している。
ただし、こうした宗教的無所属者のなかにも、たとえば、神や宇宙的な霊の存在を信じるなど、何らかの宗教的または精神的な信念を持つ人も多く、中国の宗教的無所属者の7%、フランスの宗教的無所属者の27%、アメリカ合衆国の宗教的無所属者の68%が、そうした信念を持っている。中国の宗教的無所属者の44%は、前年に墓参りをしたと答えている。
ピュー・リサーチ・センターが2012年に公表した「世界宗教情勢」のデータによれば、2010年現在、日本とベトナムは、宗教的無所属者が多い国の第2位と第4位に位置している。第1位は世界の宗教的無所属者の62.2%に相当する7億68万人を占める中国である。中国の総人口の52.2%が宗教的無所属者である。第2位の日本は、世界の宗教的無所属者の6.4%、日本の総人口の57%に相当する7,212万人が宗教的無所属者ということになる。第3位のアメリカ合衆国では、世界の宗教的無所属者の4.5%、アメリカ総人口の16.4%に相当する5,098万人が宗教的無所属者である。第4位のベトナムでは、世界の宗教的無所属者の2.3%、ベトナム総人口の29.6%に相当する2,604万人が宗教的無所属者ということになる。
宗教 日本
人口:126,540,000人 ベトナム
人口:87,850,000人
キリスト教徒 1.6% 8.2%
イスラム教徒 0.2% 0.2%
ヒンドゥー教徒 0.1%未満 0.1%未満
仏教徒 36.2% 16.4%
ユダヤ教徒 0.1%未満 0.1%未満
民俗・伝統宗教 0.4% 45.3%
その他の宗教 4.7% 0.4%
宗教的無所属者 57.0% 29.6%
表2 日本とベトナムの諸宗教の信者が人口に占める割合(2010年)
(Pew Research Center, 2012をもとに作成)

2.世界諸宗教のゆくえ
つぎに、ピュー・リサーチ・センターが2015年に公表した「世界の諸宗教の未来:2010年から2050年までの人口増加予測」に基いて、世界の主要宗教の今後について見てみよう。(なお、2012年に公表された「世界宗教情勢」と2015年に公表された「世界の諸宗教の未来:2010年から2050年までの人口増加予測」とでは、各宗教の信徒数や世界人口に占める割合などの数値が若干異なっている。)
各宗教に属する信者の出生率、若者人口の大きさ、他宗教への改宗者数などが諸宗教の状況に影響を及ぼす。この調査では、世界人口は2010年の69億人から、2050年までに35%増加し93億人に達すると見込んでいる。

(1)キリスト教
キリスト教徒の数は、2010年の22億人(世界人口の31.4%)から、2050年までに35%増加し29億人に達すると見込まれている。この間に、キリスト教徒の数は、世界人口と同じく35%増加すると見込まれるので、2050年にキリスト教徒が世界人口に占める割合は、2010年と同じ31.4%と見込まれる。
キリスト教は2010年と同じく、2050年にも諸宗教のなかで最多の信者を持つ宗教集団であり続けると見込まれている。ただし、2010年から2050年までの間に、キリスト教から離れて他の宗教に改宗する人が約1億600万人、他の宗教からキリスト教に改宗する人が約4,000万人いると見込まれており、2010年から2050年までの間に、改宗(religious switching)によってキリスト教徒の数は約6,600万人減少するものと見込まれている。キリスト教から離れた人々の多くは、宗教的無所属者になると見込まれている。
キリスト教の今後について、特徴的なことをいくつかあげておきたい。2010年現在、キリスト教徒は、他の宗教と異なり、世界に最も平均的に分布している。世界のキリスト教徒の25.5%がヨーロッパに、24.5%が南米・カリブ海地域に、23.9%がサハラ砂漠以南地域に、12.3%が北米に、13.2%がアジア太平洋地域に、3.7%が中東および北アフリカ地域に分布している。だが2050年には、世界のキリスト教徒のうちヨーロッパに在住する者の割合は、2010年の25.5%から15.5%へと減少する。北米に在住する者の割合も2010年の12.3%から9.8%へと減少する。一方、サハラ砂漠以南地域に在住する者の割合は、2010年の23.9%から38.1%へと増加する。2010年から2050年までの世界人口の増加率は35%だが、この間のヨーロッパの人口増加率はマイナス6%と見込まれている。したがって。ヨーロッパの人口は2010年の7億4,200万人から2050年の6億9,600万人へと減少する。ヨーロッパのキリスト教徒の実数はマイナス18%減少し、2010年の5億5,300万人から2050年には4億5,400万人となり、ヨーロッパ総人口に占めるキリスト教徒の割合も74.5%から65.2%へと減少する。
ヨーロッパは、キリスト教徒の実数および地域の人口に占めるキリスト教徒の割合が2050年までに減ると予測されている唯一の地域である。その理由は、ヨーロッパのキリスト教徒の2010年から2015年の出生率が、人口を安定的に維持するのに必要とされる2.1を大幅に下回る1.6というように極めて低いからである。また、ヨーロッパでは、キリスト教から他の宗教もしくは宗教的無所属者へと改宗する者も多いと予測されていることも理由の一つである。2010年から2050年までの間に、ヨーロッパでは932万人がキリスト教に改宗するが、3,314万人がキリスト教から離れて宗教的無所属者となると見込まれている。つまり、この間にヨーロッパではキリスト教徒が2,382万人減ることになるのである。一方、同じ期間に、ヨーロッパでは158万人がイスラム教に改宗するが、164万人がイスラム教から離れて宗教的無所属者になると見込まれている。つまりイスラム教徒が6万人減るのである。同じ期間に、3,440万人が宗教的無所属者となり、1,056万人が宗教的無所属者から何らかの宗教に属するようになると見積もられている。つまり、ヨーロッパではこの間に宗教的無所属者が2,388万人増えることになるのである。
このように、2050年のヨーロッパにおいては、キリスト教徒の実数とヨーロッパ総人口に占める割合が2010年よりも減少すると予測されている。一方で、他の地域においては、キリスト教徒の実数は増加すると見積もられている。特に、2010年から2050年の人口増加率が113%と見込まれているサハラ砂漠以南地域においては、キリスト教徒の人数は115%の割合で増加し、2010年の5億1,700万人から、11億1,200万人へとほぼ倍増するものと見られる。この地域のキリスト教徒の2010年から2015年の出生率は4.4である。同じ期間のヨーロッパのキリスト教徒の出生率は1.6であり、極めて低い。
ヨーロッパ以外の地域では、キリスト教徒の実数は増加するものの、各地域の人口に占めるキリスト教徒の割合は、アジア太平洋地域を除いていずれの地域においても減少すると見込まれている。2050年に2010年と比べてキリスト教徒の実数がほぼ倍増するサハラ砂漠以南地域においても、この地域の総人口に占めるキリスト教徒の割合は、2010年の63%から2050年の59%へと減少する。その理由は、サハラ砂漠以南地域においては、イスラム教徒の増加率の方がキリスト教徒よりも大きいからである。

(2)イスラム教  
2010年現在、世界には約16億人のイスラム教徒がおり、世界人口の23.2%を占めている。イスラム教徒はキリスト教徒についで2番目に多い。キリスト教徒の人数は、2010年の22億人(世界人口の31.4%)から、2050年までに35%増加して29億人に達すると見込まれている。一方で、2010年から2050年にかけてのイスラム教徒の人口増加率は、他の宗教集団に比べて圧倒的に高い73%であり、イスラム教徒の数は2050年には28億人(世界人口の29.7%)に達すると見込まれているのである。 
すなわち、2050年には、世界のキリスト教徒の数とイスラム教徒の数が、キリスト教徒29億人、イスラム教徒28億人というように、人類史上初めてほぼ拮抗することになるのである。 さらに、現在の動向が続くならば、2070年には、世界人口に占めるキリスト教徒とイスラム教徒の割合が32.3%と等しくなり、2100年には、イスラム教徒が世界人口の34.9%、キリスト教徒が33.8%を占めるに至り、イスラム教が世界最多数の信者を有する宗教になると見込まれているのである。2100年には世界人口の69%が、キリスト教とイスラム教という二大宗教によって占められることになるのである。(その数値は、2010年は55%、2050年は61%と予測されている。) 
イスラム教徒が増加していく理由としては、2010年から2015年にかけての出生率が3.1であり、世界平均の2.5よりも高いこと、2010年現在の年齢別人口分布のうち、15歳以下の者が占める割合が34%であり、世界平均の27%に比べて高いことなどがあげられる。これらの若い世代のイスラム教徒が将来結婚し、他の宗教集団に属する人々よりも多くの子供をもうけることによって、イスラム教徒の数は増加していくのである。
つぎに、イスラム教徒の地域的特性について見ておきたい。2010年現在、世界のイスラム教徒の61.7%に相当する9億8,600万人がアジア太平洋地域に住んでいる。アジア太平洋地域は世界で最も多くのイスラム教徒を有する地域であり、世界のイスラム教徒の13.1%に相当する2億900万人がインドネシアに、世界のイスラム教徒の11.0%に相当する1億7,600万人がインドに、世界のイスラム教徒の10.5%に相当する1億6,700万人がパキスタンに、世界のイスラム教徒の8.4%に相当する1億3,400万人がバングラデシュに在住している。
2050年においても、世界のイスラム教徒の半数以上の52.8%がアジア太平洋地域に在住するものと見られる。アジア太平洋地域に住むイスラム教徒の割合は2010年現在の61.7%から、2050年の52.8%へと減少するものの、その実数は、14億5,700万人へと増加する。2050年には、世界のイスラム教徒の11.2%に相当する3億1,000万人がインドに、世界のイスラム教徒の9.9%に相当する2億7,300万人がパキスタンに、世界のイスラム教徒の9.3%に相当する2億5,600万人がインドネシアに在住することになる。2050年には、インドネシアを抜いてインドが世界で最も多くのイスラム教徒を有する国になるのである。また、2010年にはアジア太平洋地域の総人口に占めるイスラム教徒の割合は24.3%(9億8,600万人)だったが、2050年には29.5%(14億5,700万人)に達すると見込まれており、ヒンデゥー教徒がアジア太平洋地域の総人口に占める割合27.7%(13億6,900万人)を上回り、イスラム教がアジア太平洋地域で最大の宗教集団になると予測されている。
中東・北アフリカ地域では、2010年現在、総人口の93%がイスラム教徒である。その割合は2050年も93.7%と見込まれており、この地域が圧倒的にイスラム教が優勢な地域であり続けることに変わりはない。中東・北アフリカ地域のイスラム教徒の実数は、2010年の3億1,700万人から、2050年の5億5,100万人へと増加するものの、この地域のイスラム教徒が世界のイスラム教徒人口に占める割合は、2010年の19.8%、2050年の20%というように、ほとんど変わらない。
サハラ砂漠以南地域については、2010年には世界のイスラム教徒の15.5%に相当する2億4,800万人を有していた。2050年には世界のイスラム教徒の24.3%に相当する6億6,900万人を有するものと見込まれている。2050年にはサハラ砂漠以南地域のイスラム教徒の数が、2010年の倍以上に増え、この地域内における人口に占めるイスラム教徒の割合も2010年の30.2%から2050年の35.2%へと増加するものと見込まれている。すなわち、サハラ砂漠以南地域は2050年には中東・北アフリカ地域を抜いて、アジア太平洋地域につぐ世界第二のイスラム教徒地域になるのである。
ヨーロッパのイスラム教徒が世界のイスラム教徒人口に占める割合は、2010年の2.7%から2050年の2.6%というように、ほとんど変わらない。ただし、ヨーロッパのイスラム教徒の実数は、2010年の4,347万人から、2050年の7,087万人へと63%増加し、ヨーロッパ総人口が2010年の7億4,200万人から2050年の6億9,600万人へと6%減少することと相まって、ヨーロッパのイスラム教徒がヨーロッパ総人口に占める割合は、2010年の5.9%から、2050年には10.2%へと増加すると見込まれている。
北米のイスラム教徒が世界のイスラム教徒人口に占める割合は、2010年の0.2%から2050年の0.4%というように、ほとんど変わらない。ただし、北米のイスラム教徒の実数は、2010年の348万人から、2050年の1,035万人へと増加する。その増加率は197%であり、北米総人口の増加率26%の7倍のペースで増えると見込まれている。北米のイスラム教徒が北米総人口に占める割合は、2010年の1%から、2050年の2.4%へと増加する。(アメリカ合衆国内のイスラム教徒は、2010年現在、アメリカ総人口の0.9%だったが、2050年には2.1%に増加すると見込まれている。)
このように、ヨーロッパおよび北米のイスラム教徒に関しては、2050年においても、世界のイスラム教徒に占める割合は、ヨーロッパが2.6%、北米が0.4%というように少ないと見積もられている。しかしながら、ヨーロッパおよび北米においては、イスラム教徒の実数と各地域の総人口に占める割合が増していくと見積もられている。これらの地域においては、イスラム教徒の存在感がこれまで以上に高まっていくものと思われる。

(3)その他の宗教
世界のヒンドゥー教徒の数は、2010年の10億3,200万人から、2050年の13億8,400万人へと増加する。この間のヒンドゥー教徒の人口増加率は、世界の人口増加率35%とほぼ同じ34%になると見込まれており、世界人口に占めるヒンドゥー教徒の割合は、2010年の15%から、2050年の14.9%へと若干減るにとどまる。2050年においても世界のヒンドゥー教徒の9割以上がインドに在住し、ついでネパール、バングラデッシュの順となる。
民俗・伝統宗教の信徒は、2010年の4億400万人から、2050年の4億4,900万人へと増加するが、世界人口に占める割合は2010年の5.9%から2050年の4.8%へと減少すると見込まれている。
その他の宗教の信徒は、2010年の5,800万人から、2050年の6,140万人へと微増するが、世界人口に占める割合は2010年の0.8%から、2050年の0.7%へと若干減少すると見られている。ユダヤ教徒は、2010年の1,380万人から、2050年の1,600万人へと増加するが、世界人口に占める割合は、2010年および2050年ともに0.2%で変わらないものと予測されている。
このように、どの宗教も世界人口に占める割合と、信徒の実数は増加していくものと見込まれているが、唯一の例外となるのが仏教である。仏教徒の実数は、2010年の4億8,770万人から、2050年の4億8,620万人へと149万人減少し、世界人口に占める割合も2010年の7.1%から2050年の5.2%へと減少すると予測されているのである。これは、仏教徒を多く有する中国、日本、タイにおいて少子高齢化が進むことによる。
イスラム教は、2010年から2050年にかけて、信徒の実数も世界人口に占める割合も増加すると予測されている唯一の宗教であるが、仏教は、信徒の実数も世界人口に占める割合も減少すると予測されている唯一の宗教である。イスラム教および仏教以外の宗教は、2010年から2050年にかけて、信徒の実数は増加するが、世界人口に占める割合は同じか、減少すると予測されている。

(4)宗教的無所属者
最後に、無神論者や不可知論者を含む、特定の宗教組織に属さない人々、すなわち宗教的無所属者の動向について見ておきたい。
宗教的無所属者は、2010年現在、世界人口の16.4%を占めており、キリスト教(31.4%)、イスラム教(23.2%)に続く第三の勢力となっている。
宗教的無所属者の実数は、2010年の11億3,100万人から、2050年の12億3,000万人へとほぼ1億人増加すると見込まれている。一方、世界人口に占める割合は2010年の16.4%から、2050年の13.2%へと減少する。これは、2010年から2050年までの世界人口の増加率が35%であるのに対して、世界の宗教的無所属者の人口増加率は9%に留まるためである。また、2010年から2015年の5年間の世界の出生率が2.5であるのに対し、同期間の宗教的無所属者の出生率は1.7にすぎない。このため、2050年に世界人口の13.2%を占める宗教的無所属者は、キリスト教(31.4%)、イスラム教(29.7%)、ヒンドゥー教(14.9%)に継ぐ第四の勢力になると見込まれる。
2010年から2050年までの間に、9,700万人が宗教的無所属者へと転向し、3,560万人の宗教的無所属者が何らかの宗教に転向すると見込まれている。したがって、この間に転向(改宗)によって、宗教的無所属者が新たに約6,150万人増えるものと予測されている。その大半は、キリスト教からの転向者と見込まれている。
つぎに、宗教的無所属者の地域的特徴について見ておこう。宗教的無所属者が一番多い地域はアジア太平洋地域である。2010年には、世界の宗教的無所属者の75.9%に相当する8億5,800万人がこの地域に在住していた。この地域は2010年から2050年にかけて人口が16%増加するのに対して、この地域の宗教的無所属者の人口増加率はマイナス2%と予測されている。したがって、アジア太平洋地域の宗教的無所属者の実数と、世界の宗教的無所属者に占める割合は、2050年には2010年よりも減少し、世界の宗教的無所属者の68.1%に相当する8億3,700万人がこの地域に在住すると見積もられている。アジア太平洋地域の総人口に占める宗教的無所属者の割合も、2010年の21.2%から、2050年の17%へと減少するものと見られる。
宗教的無所属者が二番目に多いのはヨーロッパである。2010年には世界の宗教的無所属者の12.4%に相当する1億3,900万人がこの地域に在住していた。この地域の2010年から2050年にかけての人口増加率がマイナス6%であるのに対して、この地域の宗教的無所属者の人口増加率は16%と予測されている。したがって、ヨーロッパの宗教的無所属者の実数と、世界の宗教的無所属者に占める割合は、2050年には2010年よりも増加し、世界の宗教的無所属者の13.2%に相当する1億6,200万人がヨーロッパに在住するものと予測されている。ヨーロッパの総人口に占める宗教的無所属者の割合も、2010年の18.8%から、2050年の23.3%へと増加すると予測されている。
特にフランスにおいては、宗教的無所属者がフランス総人口に占める割合が2010年の28%から2050年の44.1%へと増加する。その一方で、キリスト教徒がフランス総人口に占める割合は2010年の63%から2050年の43.1%へと減少すると見込まれている。すなわち、2050年のフランスでは、宗教的無所属者がキリスト教徒を抜いて一番多くなるのである。同じことはオランダについても当てはまる。オランダでは、宗教的無所属者が人口に占める割合が2010年の42.1%から、2050年には49.1%に増加する。一方で、キリスト教徒がオランダ総人口に占める割合は、2010年の50.6%から、2050年の39.6%へと減少するのでる。2050年のオランダでは、フランスと同じく宗教的無所属者がキリスト教徒を抜いて一番多くなるのである。
アジア太平洋地域、ヨーロッパについで宗教的無所属者が多い地域は北米である。2010年には世界の宗教的無所属者の5.2%に相当する5,900万人がこの地域に在住していた。この地域の2010年から2050年にかけての人口増加率が26%であるのに対して、この地域の宗教的無所属者の人口増加率は89%と予測されている。したがって、北米の宗教的無所属者の実数と世界の宗教的無所属者に占める割合は2050年までに増加し、世界の宗教的無所属者の9%に相当する1億1,130万人がこの地域に在住するものと予測されている。このように北米においては、宗教的無所属者の実数が、2010年の5,900万人から2050年の1億1,130万人へとほぼ倍増するのである。北米総人口における宗教的無所属者の割合も、2010年の17.1%から、2050年の25.6%へと増加すると予測されている。
その他の地域(南米およびカリブ海地域、サハラ砂漠以南地域、中東および北アフリカ地域)においても、宗教的無所属者の実数と世界の宗教的無所属者に占める割合は増加すると予測されている。 
では、宗教的無所属者を多く有する5つの国について見ておこう。2010年現在、中国が7億人、世界の宗教的無所属者の61.9%を有している。2050年には、その実数は6億6,300万人に減少し、世界の宗教的無所属者に占める割合も53.9%となるが、中国は今後も世界で最も多くの宗教的無所属者を有し続けると見られる。。
2010年現在、日本は総人口の57%に相当する7,212万人の宗教的無所属者を有し、世界の宗教的無所属者に占める割合は6.4%である。日本についで、アメリカ合衆国が総人口の16.4%に相当する5,098万人の宗教的無所属者を有し、世界の宗教的無所属者に占める割合は4.5%である。
2050年には、日本とアメリカ合衆国の順位が入れ替わり、アメリカ合衆国が総人口の25.6%に相当する1億86万人の宗教的無所属者を有し、世界の宗教的無所属者に占める割合は8.2%となる。このようにアメリカ合衆国では、2010年から2050年にかけて、宗教的無所属者の実数が5,098万人から1億86万人へとほぼ倍増する。ちなみにアメリカ合衆国では、キリスト教徒が圧倒的多数を占めているが、キリスト教徒が総人口に占める割合は2010年の78.3%から、2050年の66.4%へと減少すると見込まれている。キリスト教徒が減少する分、宗教的無所属者が増加するものと予測されている。2050年の日本は、総人口の67.7%に相当する7,298万人の宗教的無所属者を有し、世界の宗教的無所属者に占める割合が5.9%となると見込まれている。
2010年現在、世界で四番目に多くの宗教的無所属者を有する国はベトナムである。ベトナムでは、総人口の29.6%に相当する2,600万人の宗教的無所属者を有し、世界の宗教的無所属者に占める割合は2.3%である。2050年においても、ベトナムは世界で四番目に宗教的無所属者の多い国であり続け、総人口の30.5%に相当する3,172万人の宗教的無所属者を有し、世界の宗教的無所属者に占める割合は2.6%となると見込まれている。ピュー・リサーチ・センターの調査結果によれば、日本とベトナムは世界有数の宗教的無所属者の国なのである。

3.「世俗の倫理」の可能性
(1)イスラム教徒と宗教的無所属者
世界の諸宗教の今後の動向としては、以下の2つの点に注目すべきであろう。一つには、イスラム教の動向があげられる。これまで見てきたように、今後はイスラム教徒の数が急増し、2050年にはキリスト教徒の数とほぼ拮抗するに至り、今世紀末までには、イスラム教徒の数がキリスト教徒よりも多くなると予測されている。2010年現在、世界のイスラム教徒の約6割が、2050年でも約5割がアジア・太平洋地域に在住している。2050年にはインドネシアを抜いてインドが世界最多のイスラム教徒を有する国となる。中東から広まったイスラム教は、今や「アジアの宗教」になっているとの認識を持つ必要があろう。今後は特にサハラ砂漠以南地域、ヨーロッパ、北米においてイスラム教徒の数が増えていくと見込まれている。ヨーロッパでは、2010年現在、総人口の5.9%がイスラム教徒であるが、その割合は2050年には10.2%にまで増加するのである。
2010年 2050年
人数 割合 人数 割合
キリスト教徒 21億6,000万人 31.4% 29億1,000万人 31.4%
イスラム教徒 15億9,000万人 23.2% 27億6,000万人 29.7%
ヒンドゥー教徒 10億人 15.0% 13億8,000万人 14.9%
仏教徒 4億8,700万人 7.1% 4億8,600万人 5.2%
ユダヤ教徒 1,380万人 0.2% 1,600万人 0.2%
民俗・伝統宗教 4億人 5.9% 4億4,900万人 4.8%
その他の宗教 5,800万人 0.8% 6,100万人 0.7%
宗教的無所属者 11億3,100万人 16.4% 12億3,000万人 13.2%
合計 69億人 93億人
表3 諸宗教の信者数の変化予測(2010年〜2050年)(Pew Research Center, 2015をもとに作成)

世界の諸宗教の動向として注目すべき第二の点は、宗教的無所属者の動向である。宗教的無所属者の数は、2050年には2010年に比べて約1億人増の12億人に達し、世界人口の13.2%を占めると予測されている。宗教的無所属者の実数と世界人口に占める割合は、アジア・太平洋地域においては2050年には2010年よりも減少するが、他の地域においては、その実数も世界人口に占める割合も増加すると見込まれている。特にヨーロッパと北米においては、宗教的無所属者の実数と各地域の総人口に占める割合が増加し、ヨーロッパでは、2010年には総人口の18.8%だったものが、2050年には23.3%にまで増加すると見られる。2050年の北米では、4人に一人が宗教的無所属者となる。アメリカ合衆国では、2010年現在、すでに宗教的無所属者がキリスト教徒についで二番目に多く、総人口の16.4%を占めているが、2050年にはその割合は25.6%となるのである。
2050年までにイスラム教徒の数が急増し、信者数がキリスト教徒と拮抗するに至ることと、特にヨーロッパおよび北米において宗教的無所属者が増加していくことの2点が、今後の世界の宗教状況について考えるうえで注目されよう。

(2)「世俗の倫理」とは
こうした状況のなかで、チベット仏教の指導者であるダライ・ラマ14世は、「世俗の倫理」(Secular Ethics)という概念を提唱している。「世俗」(secular)という言葉には違和感を感じる人もいるかも知れないが、ダライ・ラマがこの言葉で意図していることは、宗教を全く否定し、公的な場面から宗教を駆逐するということではない。ダライ・ラマは「世俗」という言葉を、インドで一般的に用いられている用法で用いているのである。
インドは1949年に世俗主義に基づく憲法を制定し、政教分離を明文化した。インド憲法の前文は、インドが「主権を有する社会主義の世俗的民主共和国」(a sovereign socialist secular democratic republic)であると規定している。インドはヒンドゥー教徒が圧倒的多数を占めるヒンドゥー教国であるが、政教分離を明確に規定し、ヒンドゥー教以外の多くの宗教・信仰の自由を認めているのである。ダライ・ラマによれば、インド憲法の制定者たちがこうした「世俗主義を推し進めたのは、宗教の排除が目的ではなく、インド社会の宗教的多様性を正式に認めるため」(Dalai Lama, 2011, p. 32)だったのである。このように、ダライ・ラマが用いている「世俗」という言葉は、インドで用いられているのと同じく、政治と宗教を分離すること、そして、いかなる宗教にも、そしてまた宗教を持たない人々に対しても寛容であり敬意を払うことを意味しているのである(Dalai Lama, 2011, pp. 28-29)。
ダライ・ラマは、このような「インドなりの世俗主義の解釈」(Dalai Lama, 2011, p. 36)を多くの人々と分かち合い、広めていきたいと述べている。それは「グローバル化し、互いがつながりあった今日の世界においては、異なる見解や信仰をもった人々と、異なる人種の人々と同席するのはごく普通のことです。・・・それゆえ、互いを受け入れ、尊重しあいながら、他者とかかわっていく道を見出すことが緊急に求められている」(Dalai Lama, 2011, pp. 36-37)からである。
ダライ・ラマが提唱する「世俗の倫理」とは、各宗教および宗教の多様性を尊重しつつも、信仰を持つ人々のみならず無神論者にも同様に広く受け入れられるような、宗教に依らない普遍的な倫理道徳のことなのである。今日では、急速なグローバル化によって世界の諸民族が密接に関わるようになっており、かつまた、宗教を信じない人も増えている。こうした状況のもとで、何らかの宗教的価値観に基づく倫理道徳を説いたとしても、一部の人々には受け入れられるかもしれないが、万人にとって意義あるものにはならないだろう。したがって「今日の私たちに必要なのは宗教的な源をもたない倫理への切り口であり、宗教を信じる者、信じない者の双方に等しく受け入れられる世俗の倫理なのです」(Dalai Lama, 2011, p. 20)とダライ・ラマは述べている。
ダライ・ラマは「倫理のおおもとに必ずしも宗教的信仰が必要であるとは思いません」(Dalai Lama, 2011, p. 38)と考えている。では、有神論者であろうと無神論者であろうと、万人が誰でも納得できるような、宗教に基づかない普遍的な倫理道徳、すなわち「世俗の倫理」とは、具体的にはどのようなものなのだろうか。それは、ダライ・ラマが人間の「内なる徳性」と呼ぶものに基づく倫理であるといえよう。
「内なる徳性」とは、「人が動物としての本性によって自ずと志向せざるをえない、またもし他の人の中にそれを見いだしたら讃えずにはおられない美徳のこと」(Dalai Lama, 2011, p. 16)であるとダライ・ラマは言う。われわれ人間は、動物の一種として、まわりからの世話を受け、愛情や思いやりといった「慈愛の心」を注いでもらうことによって生き延びることができる。「慈愛の心」の核心は、「生き物を苦しみから救い、幸福に導いてあげたいという望み」(Dalai Lama, 2011, p. 17)であり、そうした慈愛という心の本質から、親切、忍耐、寛容、赦し、布施の精神といった「内なる徳性」が生じるのであるとダライ・ラマは述べている。
ダライ・ラマは長年にわたり、世界的に著名な神経科学者らをはじめとする科学者たちと協働して、瞑想といった心の働きや精神性と脳の関係性に関する科学的な研究を行ってきた。その結果、「進化論的生物学や神経科学等の厳密な科学的視点からしても、利他的な思いやりの心というものは、一個人だけでなく、人類の生物学的本性に根ざした資源であるという合理的証拠がある」(Dalai Lama, 2011, p. 28)という確信を持つに至ったのである。ダライ・ラマが提唱している「世俗の倫理」とは、慈愛の心、思いやりの心といった人類の生物学的本性に基づく普遍的倫理といえよう。「世俗の倫理」とは、人間の倫理道徳に対して、宗教的見地からではなく、生物学的な見地からアプローチするものなのである。
ダライ・ラマは、人間の精神性について「水」と「お茶」に例えて説明している。ダライ・ラマによれば、人間の精神性には二つの局面があるという。一つは人間が生まれながらに持っている、他者を思いやる気持ちや慈悲といったものである。もう一つは生まれ育ちや文化によって形成され、特定の信仰や習慣と結びついたものである。人間の本性に基づく前者を「水」とすれば、文化や信仰に基づく後者は「お茶」であるとダライ・ラマは言う。すなわち、宗教的な内容を持たない倫理や内なる徳性は、われわれが生きていくうえで欠かせない「水」のようなものであり、宗教的内容をもつ倫理や内なる徳性は「お茶」のようなものであるとダライ・ラマは言うのである。お茶の主な成分は常に水であり、われわれはお茶なしでも生きられるが、水なしでは生きられない。「それと同じように私たちは宗教ぬきで生きることはできても、慈悲の心ぬきでいきていくことはできないのです」(Dalai Lama, 2011, p. 44)とダライ・ラマは述べている。このようにダライ・ラマは、宗教ではなく人間の生物学的本性、慈愛や思いやりの心といった人間の基本的な精神性に基づく倫理、すなわち「世俗の倫理」の確立を提唱しているのである。
ダライ・ラマはこのような「世俗の倫理」に基づく「心の教育」が、教育現場で行われることを願ってきた(Dalai Lama, 2011, p. 277)。ダライ・ラマ14世の公式ウェブサイトによれば、ダライ・ラマは、2016年2月に米国ミネソタ州を訪れて市長らと懇談した。その際、ダライ・ラマは、世俗の倫理について「すべての子どもたちは、母親の深い愛と慈しみをその身に受けています。これは生物学的な要因であり、宗教に基づくものではありません。こうしたレベルで愛情の価値を推進する方法がきっとあるはずです。これが私が唱える『世俗の倫理』です。ここでいう『世俗』とは、信仰を持つ者も持たない者も尊重するという、インドの伝統的な考え方における『世俗』のことです」と説明し、一般的な普通教育の中に世俗の倫理を取り入れたカリキュラムをつくることの重要性について、「エモリー大学の支援によって、『世俗の倫理教育カリキュラム』の草案ができあがりつつあります。このカリキュラムは科学的な教育を基盤として、私たちの常識と経験に結びついたものです」と述べた(ダライ・ラマ法王14世公式ウェブサイト 2016, February 11)。
ダライ・ラマは、2016年6月に米国インディアナ州インディアナポリスで開催された世俗の倫理教育を普通教育のカリキュラムに取り入れるための会議にも出席している(ダライ・ラマ法王14世公式ウェブサイト 2016, June 25)。そして実際に、「世俗の倫理」に関するカリキュラムが実施されつつある。インドのムンバイにあるタタ社会科学研究所(TISS:Tata Institute of Social Sciences)に「高等教育向け世俗の倫理コース」(Course on‘Secular Ethics for Higher Education')が2017年8月に新設されたのである(ダライ・ラマ法王14世公式ウェブサイト 2017, August 14; Tata Institute of Social Sciences 2017, August 14)。タタ社会科学研究所の全学生が世俗の倫理コースを受講し履修証明を取得する準備が整い、すでに300名の学生が履修登録をしているという。世俗の倫理コースの教科書作成者の一人であるモニカ・シャルマ博士は、「世俗」という用語を「多様性への祝祭」と定義づけ、このコースは人類すべてに共通する3つの側面を基礎に構築されていると述べている。それはすなわち、思いやり、平等性への欲求(あるいは公正観)、いかなる出自においても保たれるべき自己の尊厳の3つである。
開講式典に招かれたダライ・ラマは、「過去においては、人々の倫理規範は宗教にありました。しかし今日では、10億人以上の人々が宗教に関心を持っていません。この溝を埋めるため、温かい心が福祉の向上につながることを示すことが必要です」と述べている(ダライ・ラマ法王14世公式ウェブサイト 2017, August 14)。

むすび
世界の諸宗教の今後のゆくえについて考える上で、ダライ・ラマ14世の提唱する「世俗の倫理」が意義ある示唆を与えるとするならば、日本とベトナムには重要な役割が課されているように思われる。それというのも、日本とベトナムは、2010年現在も、そして2050年においても、特定の宗教に属さない、いわゆる「宗教的無所属者」の多い世俗主義的な国だからである。宗教的無所属者の数において、2010年現在、日本は世界第2位、ベトナムは世界第4位であり、2050年にも日本は世界第3位、ベトナムは世界第4位であると見込まれている。

2010年 2050年
宗教的
無所属者実数 世界の宗教的無所属者に占める割合 宗教的
無所属者実数 世界の宗教的無所属者に占める割合
日本 72,120,000 6.4% 72,980,000 5.9%
ベトナム 26,040,000 2.3% 31,720,000 2.6%
表4 日本とベトナムの宗教的無所属者の変化予測(Pew Research Center, 2015をもとに作成)

以下の表5で日本とベトナムの宗教の状況の変遷について見てみよう。日本とベトナムでは、2010年も2050年にも、宗教的無所属者と仏教徒が占める割合が高い。ベトナムは日本と比べてキリスト教および民俗・伝統宗教に属する人々の割合が高いという違いはあるものの、両国ともに、いわゆる一神教を拝する国々とは異なり、ある特定の宗教に席巻されてはいない。
日本もベトナムも、歴史的に中国から大きな影響を受けてきた。仏教に関していえば、両国ともに、中国から大乗仏教を受け入れてきたのである。道教や儒教も中国からもたらされた(小倉, 1997)。その一方で、両国では、特にベトナムに見られるように民俗・伝統宗教も大切にされてきたのである。表5によれば、日本においては人口の50%以上が、ベトナムにおいては約30%が宗教的無所属者となっているが、これらの人々がすべて無神論者や不可知論者ということではないだろう。日本人の場合は、特定の信仰や宗派に属していない、すなわち、「私は○○教の信徒である」という強い宗教的自覚は持たないものの、日本の民俗・伝統宗教ともいえる神道や、仏教の教えに親しんでいる人々が大半を占めているのではなかろうか。ベトナムの宗教状況も、恐らく日本と同じような状況にあるといえるのではないだろうか。
日本もベトナムも、中国から大きな影響を受けてきたものの、中国文明に完全に呑み込まれることはなく、独自の豊かな文化を育んできたという共通点がある。両国においては、民俗・伝統宗教というベースの基に、仏教や儒教をはじめとする外来の様々な信仰・思想が積み重なって文化的な層が形成され、それらが相互に混交しあい、独自の精神性や宗教性、文化的価値観が醸成されてきたといえるのではないだろうか。
その結果、日本とベトナムは汎神論的・多神教的な風土の中で、特定の宗教に囚われることなく、宗教的多元性を尊重する寛容度の高い社会が形成されてきたといえるのではなかろうか。ベトナムの2013年憲法には宗教・信仰の自由に関する多くの条項が盛り込まれている(ベトナムの声放送局, 2017)。
宗教 日本
126,540,000人 (2010)
107,780,000人 (2050) ベトナム
87,850,000人 (2010)
104,040,000人 (2050)
キリスト教徒 1.6% → 2.4% 8.2% → 8.9%
イスラム教徒 0.2% → 0.3% 0.2% → 0.2%
ヒンドゥー教徒 0.1%未満 → 0.1%未満 0.1%未満 → 0.1%未満
仏教徒 36.2% → 25.1% 16.4% → 15.9%
ユダヤ教徒 0.1%未満 → 0.1%未満 0.1%未満 → 0.1%未満
民俗・伝統宗教 0.4% → 0.6% 45.3% → 44.0%
その他の宗教 4.7% → 3.9% 0.4% → 0.4%
宗教的無所属者 57.0% → 67.7% 29.6% → 30.5%
表5 日本とベトナムの諸宗教の信者の変化予測(2010年〜2050年)
(Pew Research Center, 2012をもとに作成)
日本とベトナムの宗教的状況をめぐる比較研究は、極めて興味深いものになると思われるが、小論では論ずる余裕はなく別の機会に譲らざるをえない。ともあれ、多くの日本人およびベトナム人は、特定の一宗教への「こだわり」や「囚われ」を持たず、宗教的な多様性を尊重し、他の宗教・信仰に対して寛容な態度を持ち合わせているといえよう。そのような態度は、ダライ・ラマ14世のいう「世俗の倫理」に沿うものといえるだろう。
先に述べたように、2050年までにイスラム教徒が急増し世界人口に占める割合がキリスト教徒と拮抗することが予測されている。もし仮に、この二つの一神教を信仰する人々が、自宗教への過度な「こだわり」を高じさせていくならば、今後の国際社会においても宗教的イデオロギーをめぐる対立や紛争が続くことになるだろう。
だとすれば、宗教的な「囚われ」の度合いが極めて少ない日本とベトナムは、一神教的な対立の構図のなかで、双方の間に立ち、互いの違いを認めた上で、互いの信仰を尊重し合い、平和的に共存していくための方策を展開する文化的・宗教的媒介者となることができるのではないだろうか。
アジア人として初めて1913年にノーベル文学賞を受賞したラビドラナート・タゴール(1861〜1941)は、1930年にオックスフォード大学で行った講演のなかで「人類はもはや高い壁に取り囲まれた排他主義の砦に戻ることはできない。今日、人類は身体的に、知的に触れ合わざるを得ない」(Tagore, 1931, p. 141)“The races of mankind will never again be able to go back to their citadels of high-walled exclusiveness. They are today exposed to one another, physically and intellectually.” (Tagore, 1930) と述べた。タゴールの言葉は、今日のグローバル社会においても意義あるものといえよう。
タゴールの時代よりもより急速かつ劇的にグローバル化しつつある現代世界において、日本とベトナムは、「互敬の精神」(mutual respect)を発揮することが求められているといえよう。それはすなわち、タゴールが指摘した排他主義という「壁」を取り除き、お互いの違いや独自性を尊重しながらも、お互いの信仰や価値観に通底するものを見いだし、人類の安心・平和・幸福を実現すべく協働していくことである。ダライ・ラマが提唱する「世俗の倫理」とは、特定の宗教を背景とする倫理ではなく、「全人類に対して、ヒトがヒトである限りにおいて成り立ち得る倫理」(伊東, 2017, p. 77)ということができよう。
宗教的な多様性を尊重し、他の宗教・信仰に対して寛容に接するという「世俗の倫理」を自然に受けとめられる日本とベトナムは、「互敬の精神」を旗印として、世界諸宗教間の融和と理解を促進し、諸文明の間に「調和の絆」を結ぶ、文明史的な使命を担っているのである。

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-525404.vov

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